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女性向けの苫米地本!?『悩みを幸せに変える法則』

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悩みを幸せに変える法則

苫米地さんの第100回ニコニコ生放送のアンケートでは、男性が8割を占めていました。ニコニコ動画自体の男女比は6対4なので、それよりも男性の比率が多いと言えます。本のほうはデータがありませんが、内容からして男性向けの本が多いと思います。

今回取り上げるのは、その中でも珍しい女性向けの本です。本書は「週刊女性」での連載記事の中で、好評だった中から加筆修正したものだそうです。

「週刊女性」に連載を持っていたことも知りませんでしたが、幅広い層に対してアプローチをしようということでしょうか。

テーマとしては「悩み」を取り上げています。そして苫米地さんの結論ははじめに書かれていますが『悩むこと自体を、やめてしまいなさい』というものです。その理由や方法論などが書いてあるのが本書の内容になります。

具体的でわかりやすい内容

女性向けと銘打っていますが、男性にもオススメです。なぜならば、内容が具体的で非常にわかりやすいから。苫米地さんはよく「抽象度を上げるべき」だと言います。しかし、抽象度が高い話ばかりだと入門者には敷居が高いというデメリットもあります。本書には具体的な悩みに対して、具体的な考え方や対処の方法などが書かれているので、非常にわかりやすいです。

またコーチングや認知科学、コンピューターサイエンスで使われる用語が散りばめられているのも、苫米地さんの本の特徴ですが、本書でも少しはでてくるものの、極力少なくしたといいます。

またところどころに漫画が挿入されているのも特徴といえます。

悩みを幸せに変える法則 87ページ

87ページより

左上が苫米地さんでしょうか。デフォルメされていて、親しみやすくなっています。『立ち読みしなさい!』の苫米地さんとはまた違った感じの作画です。

ストーカーは儒教の影響だった?

本書ではさまざまな悩みに、苫米地さんが答えています。

ブスをやめる方法や親との付き合い方、婚活の考え方など、普段の苫米地さんの本よりも身近で具体的な問題です。

中でも私が気になったのは、ストーカー体質の彼氏と別れたいという悩みに対する解答。

苫米地さんはストーカーになる男性は、男尊女卑的な思考が強く、女性をモノとしてしか認識していない。これには儒教の影響が強いといいます。

論語を批判する本も書いている苫米地さんですが、いきなり儒教が出てきたので驚きました。

珍しい論語批判本!?『論語洗脳』
『論語洗脳』のレビューです。論語や孔子は日本において好意的にとらえられるほうが多いですが、本書では様々な理由で論語を批判します。

たしかに、ストーカー加害者の8割が男性だと言います(これには、男性は被害を受けても相談するケースが少ないという異論も)

第6節 ストーカー行為の実態 | 内閣府男女共同参画局
内閣府男女共同参画局のページ。「男女共同...

儒教の影響の無い国と比較してみるとどうでしょうか。以下の記事によると、イギリスでは2015年に4168件の被害が警察に届けられたそうです。

ストーカーに懲役14年。イギリスでストーカー被害が3割増加したことを受け、最大懲役年数が2倍に引き上げ : カラパイア
 イギリスでストーカーに対する懲役刑の引き上げが検討されている。 これまでストーカーで有罪となった者には最大5年の懲役が科されていたが、今回の引き上げで最大10年と刑期が2倍にまで伸びることになる。さらに人種的・宗教的な侵害がある場合では、現在の7年から14

そして日本のストーカー事案の認知件数は平成26年で2万2823件。日本の人口はイギリスの約2倍。

人口で割ると、日本はイギリスの約2倍~3倍ストーカー被害が多いと言えます。

欲を言えば、韓国や中国など日本と同じ儒教国や、イギリス以外の国のストーカー被害件数が欲しいところですが、みつかりませんでした(ご存知のかたは、お知らせいただけると幸いです)少なくとも、現時点のデータを元にするならば、苫米地さんの主張には説得力があると思います。

対処法としては、彼氏候補の男性が男尊女卑的な考えをしていないか見極める。特に母親がどんな人かを見ることをすすめています。知らずに付き合ってしまった場合は、住所や携帯番号を変え、完全に相手をシャットダウンすることが重要だといいます。

コーチングの観点からも貴重な本

苫米地さんのコーチング関係の本で出てくるのが「have to」ではなく「want to」をするべき、つまりしなければならないことではなく、自分が心からしたいことに焦点を当てるべきというものです。コーチングでゴールを決めるときの基準にもなります。

これだけだと、苫米地さんの本をたくさん読んでいる人には、馬の耳に念仏ですが、本書ではこれに新たな視点を加えます。

それは『あなたに必要なのは「want to」でも「have to」でもありません』というもの。「want to」も否定してしまうのです。なぜでしょうか。それは「want to」も「have to」と同じだからと言います。

私たちの「want to」は本当に自分自身のもの?親であったり、周りの人が自分の「want to」に影響を及ぼしている可能性が高いというのです。だとしたら、自分自身のゴールとは呼べないのではないかでしょうか。

では、どうすればよいのでしょうか?自分の「want to」ではなく、他人の「want to」を自分のゴールにすればいい、というのが苫米地さんの提案です。それもより多くの人の「want to」をゴールにするべきだと。実際に苫米地さん自身は『この世から戦争と差別をなくす』がゴールだと頻繁に言っています。たしかに、戦争と差別があったほうが良いと考える人は少ないと思います。

ビジネスに活かしたり、自分自身のためのゴールというのはもちろんあるのですが、さらに抽象度の高いゴールを持つべきではないか・・・そう思いました。

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