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苫米地英人の祖母、苫米地千代女の著『千代女覚え帖』

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千代女覚え帖

苫米地さんの祖母、苫米地千代女さんの本です。

ニコ生で苫米地さんがこの本のことを告知してから、大変気になっていました。

この本は昭和53年~54年に書けて執筆され、出版を検討したそうですが、当時現役の著名人などの名前が出てくることもあり、昭和55年に自費出版されました。

しかし、千代女さんの三十三回忌を終えたことで、もう公にしてもよいと出版されたそうです。

千代女さんは明治二十二年産まれで、この本を書かれた時点で89歳です。

幕末の文久元年(1861年)に父上が産まれてから、昭和四十二年(1967年)に長女の昭子氏がなくなられるまでの100年間の出来事を、千代女さんの視点から語られます。

苫米地千代女と苫米地英人

真ん中の老婦人が千代女さんです。和服で上品そうな印象を受けました。

この写真には幼い苫米地英人さんも一緒にのっています。

余談ですが、父上の和夫さんは現在の苫米地さんにソックリです。苫米地さんが短パンをはいているのも時代を感じます。

千代女の覚帖 人物相関図

千代女さんの家族が物語の中心で、それ以外にも友人や知人など多数の登場人物が出てきます。群像劇の側面も持っています。

結論からいうと、文学作品としても歴史的資料としても大変貴重な本だと思いました。幕末~昭和の時代に興味があるなら必読といえます。エピソードも面白いものが多いので、NHKの朝の連続テレビ小説の題材に最適でしょうか。

幕府”瓦解”後の旗本の生活

父は幕臣大久保主膳正忠広の次男として文久元年、江戸深川森下町に生れ、幼名を小次郎、長じて信恭といいました。実父忠広は長崎奉行、京都町奉行、陸軍奉行などを歴任、五千石の旗本できたが、幼い小次郎を親友佐久間信久に養子として委ねました。

養父信久は、役高八千石を食み、将軍家慶に信頼されて歩兵頭、歩兵奉行などに任じられましたが、慶応四年一月の鳥羽伏見の戦に、一隊を率いて奮戦、深手を負うて戦死しました。いまわの際に老僕を呼び、養子信恭を西洋人につけて泰西の学術を勉強させるように遺言しました。

千代女さんのおじい様は幕府旗本でした。

旗本というのは、将軍直属の家臣で、将軍に謁見することができる武士です。佐久間家に養子に出されたということですが、当時としては次男を養子に出すことは武士の間で広く行われていました。

佐久間家の先祖は、戦国時代の佐久間信盛になります。佐久間信盛は織田信長の筆頭家老でしたが、信長に追放されたエピソードが有名です。その子は幕府に旗本として取り立てられました。佐久間家では名前に必ず”信”を入れるそうです。

義理のおじいさまの佐久間信久氏は一橋慶喜(後の15代将軍徳川慶喜)の護衛として慶喜に評価され、出世します。

ところが、鳥羽伏見の戦いで戦死。その遺言を受け継いだ父上の佐久間信恭氏は、英語学者になります。余談ですが、佐久間信久氏は司馬遼太郎の小説『燃えよ剣』に出てきます。

佐久間家は五千石です。石高とは武士の給料のことで、米で支給されます。一石が大人が1人で1年食べる分の米の量だと言われています。大ざっぱにいうと、5000人を養えるだけの米が支給されていました。よって佐久間家は旗本の中ではかなり裕福な家だったと考えられます。

父上の信恭氏は宣教師の開いたブラウン塾などに通ったり、千代女さん自身も東京女子師範学校(現在のお茶の水大学)に通っていることからもうかがえます。

しかし母上のくま氏が子宮ガンになった際には、家を売って借家住まいになり、家宝の銘刀や先祖伝来の旗指物などを手放したエピソードが出てきます。

裕福な佐久間家ですらこうなのだから、大多数の元旗本の生活振りが貧しいものになっているのは想像できます。

薩長の藩士などが明治になって華やかな暮らしをしていたのはわかりますが、幕府の元旗本がどのような暮らしをしていたかを知ることができる貴重な資料と言えます。

また徳川幕府が倒れたことを”幕府瓦解”という表現をしていたのが印象的でした。

女性ならではの視点

本書では千代女さんが聞いたことや経験したエピソードの合間に、短歌が載せられています。また物事の経過だけでなく、心理描写が多いのも特徴です。

千代女さんは短歌を詠み、小説や芝居に造詣が深いとあったので、その影響もあるでしょう。記憶力が大変優れているとも思います。

当時のことを記した書物の作者というのは、男性が多いと思います。しかし本書では女性ならではの視点で書かれているのも貴重です。

両親の不仲、母上との別れ、結婚、出産、友人の死、夫の死、娘の死など。

このあたりは現代の人が読んでも共感できるでしょう。重い話題だけでなく、どこどこの食べものが美味しい話や、友人との会話など身近で楽しい話題も出てきます。

そして人妻となった自分をあらためて考えました。それは苫米地と結ばれて、今までの、余りに遊びの多かった自分に別れることでした。芝居にもおさらばです。芝居に関係のものは、いっさい持たぬことにしました。(中略)

結局わたくしは良い奥さんになろうと決心したのです。なんの取り柄もない自分は、せめて夫のために、家庭を唯一の憩いの場にしたいと念願しました。これからの自分の人生は、夫への奉仕に生き甲斐を、と心に誓いました。一人で静かに思い廻らすと、これから行く小樽が浮んできました。これはほのぼのとした楽しい想像でした。 97

当時はお見合いで結婚するのが一般的で、千代女さんもそうでした。現在では圧倒的に少数派です。(参考 http://www.garbagenews.net/archives/1845050.html)

なので、結婚までの経緯なども興味深かったです。また、結婚式を終えてからの決意も相当のものだと感じました。それでいて悲壮感は感じず、現代的に言えばプラス思考なのもよいと思います。

有名人たちのエピソード

最初の出版が見送られた理由でもありますが、本書には多くの著名人が出てきます。千代女さんの家族としては、父上の信恭氏は英語学者、夫の苫米地英俊氏は教育者で政治家、義弟の苫米地貢氏はNHK理事など(いうまでもありませんが孫の苫米地英人さんも)

本書の中表紙を開くと出てくるのが、山本五十六の手紙です。連合艦隊司令長官と署名がされています。英俊氏とハーバード大学に同じ時期に留学していて、戦時中も手紙のやりとりをしていたそうです。

講道館柔道の創始者の嘉納治五郎は英俊氏の師匠です。英俊氏が北海道に柔道を広めるために小樽高等商業学校に赴任したり、千代女さんと英俊氏の結婚の際や英俊氏が病気になられたときに腕の立つ医者を紹介したりと、千代女さんの人生にも大きく関わってきます。

その他にも小泉八雲、平塚らいてうや夏目漱石など文化人のエピソードも載っています。

これらの有名人が出てくるのも、本書の魅力の一つだと思います。

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