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苫米地英人が胡散臭く感じる理由『騙されない生き方』

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騙されない生き方

最近は出ていませんが、苫米地さんは一時期対談本を頻繁に出していました。そんな中でも、今回の『騙されない生き方』は作家の中村うさぎ氏との対談です。

中村うさぎ氏は買い物依存症や整形手術、恋愛などをテーマにエッセイを書いています。『ゴクドーくん漫遊記』というライトノベルも書いていたそうです。一時期テレビにも出演していましたが、現在は雑誌に連載したり、メルマガで人生相談を受けたりしています。

一見すると苫米地さんとまったく共通点が無さそうです。本書を読んで感じた二人の共通点は、年齢が近いことと、キリスト教への造詣の深さ。

苫米地さんとうさぎ氏は10年来の友人。漫画家の倉田真由美氏を加えた三人で恋愛談義をしていたそうです。

スティーブンセガールやガンズアンドローゼスのスラッシュといい、苫米地さんの交友関係の広さには驚かされます。どうやって仲良くなるのでしょうか。

苫米地英人が胡散臭く感じる理由

苫米地さんが単独で書いた本と比べて、対談本の魅力は苫米地さんがいつもと違う感じで新たな発見があることです。コーチングで言えば、”スコトーマが外れる”でしょうか。私も本書を読んで、新しい視点を得たと思います。

例えば本書のあとがきで、苫米地さんのことを(特に初見で)胡散臭く感じる理由をうさぎ氏が書いていました。私もうさぎ氏とほとんど同意見です。

苫米地氏の話は特にものすごく飛躍してしまうので理解できないこともあったし、途中から「なんか胡散臭くね?」的な話になってしまうこともあったけど、それも含めて私は苫米地氏と言う人物を大いに面白がっていたのである。(中略)世間では苫米地氏を「自己啓発セミナーとかやってる、胡散臭くてインチキ臭い洗脳大魔王」だと思っているようだが、それだけの理由で彼を遮断してしまうと、その面白さを知らずに終わってしまうことになり、非常にもったいないと思う。結構、いいこと言うんだよ、苫米地は。 261ページより

苫米地さんが胡散臭く見える理由をうさぎ氏はいくつか上げています。

仏教や認知科学、コンピューターサイエンスに洗脳など一般人には馴染みのない話をする

認知科学やコンピューターサイエンスについて、普通の人はそこまで知識を持っていないと思います。特に洗脳については、それ自体に良いイメージは持ってないでしょう。洗脳と脱洗脳の区別も付かないのが普通ではないでしょうか。

仏教に関しても教養として知っているレベルを超えています。専門家ならともかく、苫米地さんの話は普通の人にとって、コンフォートゾーンの外と認識されてしまうのです。

話がものすごく飛躍する

苫米地さんの本を読んだり動画を見て思うのが、話が急に別の所に飛んだり、いきなり内容の抽象度が高くなることです。

例えば、経済→政治くらいであれば、そこまで飛躍しているとは言えません。

経済と政治は繋がっているし、連想をするのは容易だからです。しかし、経済→洗脳、恋愛→儒教など一見結びつかなそうな話題が結びついたらどうでしょう。普通の人には連想できないので、混乱すると思います。

また、最近の経済を語っていたと思ったら、いつの間にか「戦争と差別を無くす」話になってたりします。

もちろん、やみくもに話しているのではなくて(思いつきで言っている場合もありますが)大抵は苫米地さんなりの論理で繋がっています。ただし、初見で理解するのは難しいと思います。

自己啓発セミナーをやっている

コーチングのことでしょうか。

日本では高度経済成長期にST(センシティビティ・トレーニング)というのが盛んに行われていました。キリスト教の指導者を育成するカリキュラムを元に、企業の管理職を育成するために作られたものです。

現代の価値観でいえば人道的に問題のある内容で、参加者が精神に異常をきたしたり、自殺者が出て問題になりました。以下の本が詳しいです。

そしてバブル期にSTの流れを汲む自己啓発セミナーが流行しました。このような経緯で、私たち日本人はこういったものに対して警戒するようになったのです。

また、コーチングには心理学の要素が入っていますが、心理学自体にも胡散臭いイメージを持つ人もいると思います。

苫米地英人の健全な楽しみ方

それではどうすればよいのでしょうか。以下は私の意見です。

馴染みの無い話に関しては、知識がつけば解決します。苫米地さんの話もあるていど聞いていれば、勝手に知識が付いてきて、理解できるようになります。

そして苫米地さんの本だけでなく、他の本を読んだりして自分なりに勉強するようになればしめたものです。苫米地さんをきっかけにあまり馴染みのないことにも詳しくなれるのは良いことではないでしょうか。

話の飛躍についても、そのうち慣れると思います。これも知識を増やすことやトゥルーミンロジックなどを学ぶことで苫米地さんの思考についていけるようになります。

問題はコーチングです。その手法と効果については検証していけばいいと思います。STは非人道的であったり、自己啓発セミナーもマルチ商法との結びつきなど問題点がありました。コーチングはそのような側面はないのか、効果はあるのかを検証するのです。

コーチングは故ルータイス氏がはじめたもので、苫米地さん以外にも米国の著名な心理者たちが開発協力しています。また海外では大企業に取り入れられたりしています。だからといって検証の必要が無いわけではありません。

私もうさぎ氏とほぼ同意見になってしまうのですが、胡散臭いからといって苫米地さんを切り捨てるにはあまりにも惜しいと思います。

本書で感じたことは、うさぎ氏が苫米地さんに共感や理解を示す一方で、苫米地さんの話を鵜呑みにしていないことです。

苫米地さんがするウォーギルドインフォメーションや正力松太郎の話に『本当かよ(笑)』とか『それは裏付けのある情報なの?』と言ったりします。

また、苫米地さんがゲーテルの「不完全性定理」を根拠に全知全能はないと証明されたというのに対して鋭いツッコミを入れます。

うさぎ 苫米地さんのやっているトレーニングは、ある種の正しいメソッドを積み重ねていけば、必然的にもたらされる結果があるはずだという理屈だよね。でも実際には、もたらされないことだってあるわけだ。そこにはやっぱりなんかのランダム性が働く。(中略)苫米地さんが「人間の知の限界」と言うのであれば、苫米地さんのメソッドだって完璧ではない。

苫米地 もちろん。 237ページより

苫米地さん自身のメソッドも完璧では無いはずだと。そして苫米地さん自身もそれを認めている。

これは当たり前の話で、もしここで苫米地さんが「俺のメソッドは完璧だ。俺だけは例外」と言ったらそれこそカルトです。

うさぎ氏のように、完璧ではないことを認識して疑いながらも、有用なことやおもしろいところは取り入れていく。これこそが苫米地英人の健全な楽しみ方ではないでしょうか。

本書はこんな人にオススメ

まず苫米地アンチの人は必読だと思います。苫米地さん自身が自分のメソッドが完璧ではないことに同意しているのですから。(繰り返しになりますが、これが苫米地さんがカルトとは違うという根拠になりうるというのが私の意見です)

そして苫米地さんのコンテンツをどのように楽しんだらよいかわからない人。苫米地さんを知らない人は全否定or信者のどちらかになりがちです。

本書でも仏教における中庸の大切さが出てきますが、全否定or信者ではなく、苫米地さんに対しても中庸なのがよいと思います。

では具体的にどうすればよいのでしょうか。それはうさぎ氏のような態度で苫米地さんのコンテンツを見ること。本書ではそれを学べると思います。

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