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明治政府の闇!?『明治維新という秘密結社』

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明治維新という名の秘密結社

日本人の99%が知らない戦後洗脳史では終戦直後を、【新装版】明治維新という名の洗脳では目幕末から明治維新にかけて、それぞれポジティブに語られることが多い歴史の闇に触れる内容でした。

今回はその第三弾になります。明治維新によって誕生した新政府の闇に迫る内容です。明治政府については旧態依然とした徳川幕府を倒した新しい政治体制で、その人々は幕末に活躍した元勲たちであると、良い側面が語られることが多いです。

当たり前ですが、物事には負の部分が付きものです。特に明治維新のような大きな変革期にはその負の部分も大きくなっていきます

また、明治維新~日露戦争までの日本は良くて、その後の太平洋戦争で日本がダメになった・・・という作家の司馬遼太郎氏の作品に影響を受けた”司馬史観”というものがあります。この司馬史観は多くの日本人に影響を与えています。

しかし苫米地さんの書く歴史は司馬史観とはまったく異なります。

たしかに、暗黒の江戸時代から夜明けの明治維新、栄光の日清日露戦争からの暗黒の昭和時代というのは、あまり公平ではないと思います。結果から逆算して作られた歴史といえるでしょう。

また、苫米地さんの歴史本に共通しているのは、明治維新や明治政府、そして戦後の闇にいたるまで、現代に生きる私たちの政治や経済、生活に影響を与えているという視点です。歴史とは私たちの生活とかけ離れた夢物語ではないのです。

歴史という大きな流れを知るにあたって、司馬史観よりは現実的だと私は思います。

本書は歴史に興味がある人にはもちろんオススメですが、フリーメイソンなどの陰謀論が好きな人にも読んで欲しいです。

よくあるフリーメイソン陰謀本ではない

さて、今回のタイトルには『秘密結社』というキーワードが入っています。秘密結社といえば、フリーメイソンではないでしょうか。

よくある陰謀論で「フリーメイソンが世界を支配しており、明治政府もその手先だ!」というものがありますが、苫米地さんはこれを否定します。

はっきり断言しておきますが、フリーメイソンの実態は基本的にロータリー・クラブやライオンズ・クラブのようなもので、世界を裏から操るといったようなものではありません。

それがなぜ、陰謀論の中心になっているかの理由を一つだけ指摘しておくならば、秘密結社には入社の際、特別な儀式など、結社によってさまざまな秘密が存在します。これらの秘密は口外することが禁じられていますから、非会員から見ればどうしても胡散臭く見えてしまうのです。

しかし、何度も繰り返しますが、秘密の儀式があるからといって、そので反社会的なことをしているのではありません。儀式は基本的に仲間同士の連帯感を高めるためのものです。(クー・クラックク・クランやマフィアなど最初から反社会的な存在は犯罪結社であり、本書では論外とします)114

本書はよくある、フリーメイソン黒幕説を唱える本ではありません。

秘密結社というのは、フリーメイソン以外にもあります。本書ではアメリカの秘密結社の例も出てきます。アメリカ自体がフリーメイソンが作った国であるのと同時に、アメリカ国民が秘密結社に入ることは普通のことだといいます。

サマセットという社交クラブではオールドマネー会員がニューマネー会員の倍、クラブ・ユニオンやタヴァンはほぼ半分ずつ、アルゴンキン・クラブはほとんどの会員がニューマネーでした。

(中略)

これらのクラブは現在でも残っており、会員になるにはお金を持っているだけでは足りません。クラブ会員数名(普通は10名ほどで、現在のフリーメイソンは2人なのでメイソンはとても緩やかな秘密結社といっていいでしょう)

クラブ会員から推薦を得るには資産家であるだけでは足りません。アメリカ初の神学校ハーバード大学の卒業生であったり、イギリス国教会派の協会キングス・チャペルに所属していたりする必要がありました。

(中略)

ただし、社交クラブ内ではビジネスの話はまずしません。逆にビジネスの話を禁じているクラブのほうが多いくらいです。趣味や哲学や社会につちえなど知的好奇心を満たす話が主で、合間に葉巻や酒、ビリヤードやカードゲームなどkがあるのです。本当の意味での男の社交クラブなのです。(基本的に社交クラブは男性会員のみです)115~116

フリーメイソンが秘密結社の中では緩い組織であることも驚きですが、その他の秘密結社でもビジネスの話をしてはいけないというのは意外でした。

アメリカの秘密結社の会員は名門家の人や学歴、ビジネスエリートたちが主のようです。

対してヨーロッパの秘密結社は王家や貴族が中心。典型例が騎士団で、騎士団と勲章はセットで、その国の王から贈られるものだと苫米地さんはいいます。

苫米地さん自身も聖マウリツィオ・ラザロ騎士団の一員で、聖マウリツィオ・ラザロ騎士団第十字勲章を授与されています。

騎士団と聞くと鎧と剣と盾で王家に仕える戦闘集団というイメージですが、実際には王家のためのコミュニティとして作られて、今もそのように機能しています。

岩倉使節団の謎

岩倉使節団

 

秘密結社が明治政府とどのように関係してくるのでしょうか。それは岩倉使節団です。

岩倉使節団は明治4年11月12日~明治6年にかけてアメリカとヨーロッパに派遣された使節団です。公家の岩倉具視、薩摩の大久保利通に、長州の木戸孝允(桂小五郎)と伊藤博文など明治維新を成し遂げたトップたちがそのままメンバーになっています。

西洋文明の調査と江戸時代に西洋諸国と結ばれた不平等条約の改正を目的としていました。不平等条約の改正については失敗したものの、日本が西洋文明を取り入れるのには大きく貢献したというのが一般的な評価だと思います。

しかし、本書で苫米地さんが指摘しているようにまったく前例のない使節団でした。それは岩倉、大久保、木戸という、明治政府のトップが加わっているという点です。

明治維新から4年後で、政権そのものが安定していない時代です。実際にこのあと士族の乱や西南戦争があります。

そして当時は外遊も命がけの時代です。片道だけでも船で約一カ月かけて行くわけで、船が沈む可能性もありますし、外国で伝染病にかかる可能性もあります。

そんな内政が不安定な時期に、命がけの外遊。それを国のトップ三人がです。

江戸幕府も万延元年遣米使節団(メンバーは勝海舟や福沢諭吉が有名です)や二回にわたる遣欧使節団など外国に使節を送りました。しかし、使節団でもっとも身分が高かったのは外国奉行などです。将軍や老中などの政権のトップは加わっていません。

現代の日本であれば首相が外遊することは普通です。それでも首相ともう一人大臣が外遊に行くことはありますが、首相と席次№2と№3の財務大臣と官房長が一度に外遊に行くことはありません。リスクが大きいからです。

岩倉使節団がいかに大きなリスクをおかしていたかがわかります。この岩倉使節団の意義は2つあると苫米地さんはいいます。

留守政府に都合がよかった

大隈(注:重信)は面倒な人間たちをできるだけ多く、使節団に突っ込みました。結果、国内のゴダゴダのタネが一掃され、地租改正、国民の学制、徴兵制といった改革が一気に進んでいきました。

もしも。岩倉、木戸、大久保が残っていたら、絶対にこんな短時間に改革は進まなかったでしょう。維新の英雄達の不在こそが改革を進める原動力だったのです。これは別の見方をすれば、「維新の英雄、明治の元勲たちは政治に向いていなかった」ということです。

彼らはどこまでいっても戦争屋だったのです。56

大隈重信や西郷隆盛など留守政府に残ったメンバーにとって岩倉たちが邪魔だったというのです。そして実際に改革が進んでいきます。

これは幕府を倒すという目的のために調略に長けた岩倉、大久保、木戸たちが新しい国を改革してくのには向いていなかったから。確かに求められる能力は違うと思います。

ただし、留守政府にいた西郷と板垣については主戦派であったと言われていますが、西郷については資料をもとに主戦派であったか疑わしいと苫米地さんはいいます。

富の体感と搾取の実態を知った

岩倉使節団の成果として、岩倉たち国のトップが西洋に出向き、西洋文化を知ることでその後の近代化に貢献したと言われています。

たしかにそういう側面はあったかもしれませんが、そんな生やさしいものではなく、西洋の富とそれを生み出している搾取の構造を岩倉たちが肌で感じ、学んだと苫米地さんはいいます。

江戸幕府も使節を送っていますし、明治になってからも多くの日本人が海外へ行っています。そして西洋の科学や文化、社会を学んで日本に帰ってくるわけです。しかし、岩倉使節団が彼らと大きく違うのは、岩倉たちが国のトップであるという点。

国のトップが外遊する場合、受け入れ国側もそれなりのもてなしをします。岩倉使節団を応対したのは、ヨーロッパの王族や貴族、大資本家・・・秘密結社の人たちでした。

19世紀は今とは比べものにならないほど貧富の差が激しかったのです。岩倉たちはそのトップたちに接待され、贅を尽くした生活を目の当たりにしたのです。

同時にその犠牲となっている人たち、庶民の貧しい暮らしぶり、植民地支配など、搾取の実態も知ります。

富国強兵への道

岩倉使節団が見てきたものは世界の秩序だったのです。

世界の秩序とは、世界の富の作られ方です。

虐げられる者がいて、その上に君臨する者がいる。弱肉強食の掟というシンプルな仕組みが欧米諸国の秩序でした。

(中略)

日本はどの道を取るのか?それを考えさせられた1年10ヶ月だったのです。

そいった旅を「西洋の文化を目の当たりにして西洋化が進んだ」などというのは。いくらなんでも岩倉たちをバカにし過ぎです。

彼らはこれから国を造っていこうとしている人間たちです。不平等条約に縛られ、西洋人たちにコケにされている中で、なんとかして巻き返しを図ろうとしている人たちです。国の未来について、もっと真剣に考えているはずですし、実際に考えていました。185

岩倉たちが世界の秩序を目の当たりにして、日本は富国強兵の道を突き進みます。

これもポジティブに語られることが多いのですが、当然影の部分が出てきます。国を強くするために庶民が犠牲になり、宗主国が栄えるために植民地が犠牲になるのです。

そして欧米の秘密結社を見習って、明治の日本にも”薩長”という秘密結社が作られたのです。

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