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脱洗脳のその先へ『幻想と覚醒 』

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幻想と覚醒

「すべては幻想」

本書の内容を要約するとこのようになります。苫米地さんの本の中ではテーマがシンプルです。

私やあなたが見ているもの、聞いているもの、信じているもの・・・すべてが幻想であると苫米地さんは言います。常識、宗教、マスメディア、資本主義など。

すべてが幻想だとしたら、私たちはどうすればよいのでしょうか?

幻想とは?

すべてが幻想だという前に、幻想とはなんでしょうか?

本書における幻想とは、簡単に言うと「心が生み出しているもの」です。もっと言えば「情報」です。

私たちが普段語っている世界は、すべて情報空間における話です。例えば、皆さんが「大企業の社長になりたい」などと考えるのは、物理空間のことではありません。

情報空間にあります。 731

苫米地さんは情報を幻想と定義しています。

私たちは情報空間で生きています。例えば社長という肩書きは、会社を経営しているという情報を元に作られています。物理空間に”社長”がいるわけではなく、私たちが知った情報の中で「あの人は社長なんだ」と判断しているわけです。

また、会社の中では権力を持っている社長も、社外に出ればただの人です。例えば公共の場で「私は社長だ!!」と威張っている人がいたら、あなたはどう思いますか?

つまり情報を共有している人たちの間でしか”社長”という肩書きは通用しないのです。苫米地さんが肩書きという情報は幻想だというのはこの理由からです。

物理空間も幻想?

では、物理空間はどうでしょうか?肩書きなどの情報は幻想だとしても、私やあなたはこうして生きています。しかし、これも幻想だと言います。

物理的現実世界、つまり皆さんの目の前に広がるこの世界も幻想です。

物理的現実世界を感知しているのは五感です。といっても、目や口や鼻・・・・・・といった器官ではありません。器官に繋がっている神経が作用しています。机に置かれたグラスの存在は、目の視神経や指先の触覚神経が反応してグラスの存在を認識しています。すべての情報の存在は、神経を通して脳に伝えられています。そして、脳が「情報」を認識し、それをもとにまた「情報」を作り出しているのです。

ということは、神経に伝わる「情報」は作為的に変えられている可能性も否定できません。

皆さんが感知している「情報」は、確実に本物と言えるでしょうか。 806

私たちは脳に伝わる情報を通して、物理空間を認識します。熱いものを触れば、熱いという情報が神経を通して脳に伝わり、私たちは熱いと認識するわけです。

問題はその情報が正しいと証明できないこと。

例えばこの世界があなたが見ている夢だとしたら?明晰夢のような例外はありますが、基本的に夢を見ている人はそれが夢だと認識できません。

また映画マトリックスのように、機械に繋がれて脳に情報を送り込まれているとしたら?これも本人は機械に繋がれていることを認識できないでしょう。

結局のところ、私やあなたがこの世界を現実だと信じているから現実なんだ・・・としか言えません。これはとても論理的ではない。

物理空間も、本当に存在する=幻想ではないと証明することは不可能なのです。

脱洗脳とコーチングを繋ぐ

苫米地さんは脱洗脳の専門家としてデビューしました。その後もしばらくは洗脳や脱洗脳の話題が多かったです。

最近の苫米地さんは色々な専門領域を持っていて、何の専門家か定義するのは難しいですが・・・とりあえず出版数からいけばコーチングが一番だと思います。

また、コーチングの本でなくてもエフィカシーやゴール設定などコーチングの概念が登場することも多いでしょう。

つまり脱洗脳→コーチングというのが苫米地さんが辿ってきた道です。

私は当初、脱洗脳の技術をコーチングに活かしていると考えていました。たしかに苫米地さんのCH(サイバーホメオスタシス)仮説が活かされている点などは共通しています。しかし、脱洗脳とコーチングでは基本的に用いられる技術は違います。

どちらも認知科学や心理学で得た知見を元にしていますが、脱洗脳はミルトン・エリクソンの催眠療法や気功など(内部表現の書き換え)が用いられるのに対して、コーチングはアルバート・バンデューラの教育心理学(エフィカシー)やマーティン・セリグマンのポジティブ心理学がベースになっています。

つまり同じ心理学がベースといっても、分野がまるで違うのです。ある程度応用は利くのかもしれませんが、少なくとも脱洗脳の技術をコーチングにそのまま使うことはできません。

本書を読んで、苫米地さんが脱洗脳からコーチングにいった理由を推測できました。

脱洗脳後、どうするべきか悩む人が多いのではないでしょうか?今まで信じてきたものが間違っていて、それでも残りの人生を生きていかなければならない。いったい何を指針にすればいいのか?

そういうニーズに応えるために苫米地さんはコーチングの専門家になったのだと思います。

本書は脱洗脳からコーチングに移行するための思想と方法論です。未練が残ったり再び洗脳されることがないように、すべては幻想だと繰り返すのです。ですがそれだけでは終わりません。

すべてが幻想だと言われると、途端に虚しさを覚える方がいるかもしれません。お金もモノも地位も名誉も愛も。すべてが幻想なのですからそう思っても仕方ないでしょう。そのため、私の言うことは、「すべてがいらなくなる」考えを提案しているのかと誤解される人もいるかもしれません。

違います。

私はまず、皆さんに事実として知ってもらいたかっただけです。そして、「この世は幻想」だという事実を受け入れることで、この世のすべてを手に入れる方法を知っていただきたいのです。

つまり、この世が幻想であれば、幻想は自分で構築することができます。いつでもどこでも誰にでも、お金とモノも地位も名誉も愛も手に入れることができます。 1702

そして幻想の先に『本当の自分の幸せ』を見つけてほしい、と本書の最後に苫米地さんは言います。

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