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論理破綻している苫米地本!?『さよなら婚活』

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さよなら婚活

苫米地さんの本の中で、私が良いと思った本や役に立つと思った本のレビューをするというのがこのサイトの基本方針です。その他にもおもしろい、興味深いと思った本も取り上げています。

今回は趣向を変えて私の中で評価が低い苫米地さんの本のレビューをします。

苫米地さんは現時点で200冊以上の著作がありますが、これだけ多くの冊数があれば中には内容がおかしいと思うものも出てくるのは当然です。

プロ野球では打率3割が一流であるのと同じように、全体の比率からすれば良いと思う本が多いので、苫米地さんの作家としての能力が高いことは間違いありません。

しかし、苫米地さんの本の中にも内容がおかしいものがあることを、あなたにも知ってもらうほうがフェアでしょう。私はそう思います。

『さよなら婚活』の内容

女性向けの内容です。『婚活では幸せになれない』という項目から始められて、婚活を否定する話が展開されます。

そしてなぜ婚活をする必要があるのかという疑問や、間違った結婚願望、婚活ビジネスなどメディアの影響について言及したあと、幸せな未来を手にするためのワークを紹介します。

つまり婚活の否定→ワーク(解決策)というのが大まかな流れです。

ワークはゴールの設定やアファメーションなどコーチングをベースにしているので、効果は期待できるかもしれません。しかし婚活の否定という結論までの仮定がかなりいい加減です。論理破綻していると思います。

「いいお嫁さん」は早死にをする?

苫米地さんはいいお嫁さんを目指すと早死にするといいます。

高収入、高学歴の「ハイスペック」男性と結婚して、自分は専業主婦になるのが婚活のゴール・・・・・・機能脳科学的にいえば、それは「早死に」の第一歩です。理由は、結婚した段階ですべて達せられて、生きる目標がなくなってしまうからです。430

ハイスペック男性と結婚して、自分は専業主婦になるのがゴール・・・そういった女性もいると思います。しかし、かなり極端な例でしょう。女性全体にそういう傾向がある・・・というのであれば根拠が必要です。

また早死にするというのもかなり飛躍しています。なぜ早死にするのでしょうか。

ゴールを達成したら、別のゴールを見つければ良いでしょう。専業主婦であっても子どもの教育や家事、友人知人との交流などやることはいくらでもあります。

専業主婦が自分に合っていないと思えば、再び働くこともできます。

極端な例に極端な例を重ねているため、現実離れした内容になっていると思います。少なくとも婚活を否定する根拠としては弱いでしょう。

不倫しながら婚活!?

このような「奴隷の花嫁」を考えるうえで興味深い現象があります。極端だと思われるかもしれませんが「不倫」です。婚活している女性の中には、不倫しながら婚活している人が少なくないといいます。つまり独身の女性が、妻子のある男性と不倫関係をもちながら婚活もしているというわけです。

(中略)

しかし、不倫をしながら婚活をしているというのは明らかに矛盾しています。「不倫をしていて結婚とは・・・・・・」という陳腐な倫理観からおかしいといっているのではなく、「では、この女性たちは何のために結婚するの?」という疑問です。539

『不倫しながら婚活をしてる人が少なくない』と苫米地さんは言っています。

もちろん、不倫をしながら婚活している女性はいると思います。しかし”少なくない”とはどういうことでしょうか。

少なくないということは、少数ではなく、それなりの数の女性が不倫をしながら婚活していなければなりません。根拠があるなら提示するべきですし、根拠がないのであれば単なる主観です。

不倫をしながら婚活をしている相談者にアドバイスするならわかりますが、その他大多数の婚活をしている女性には関係のない話でしょう。

その後の矛盾の指摘も婚活を否定するために極端な例を取り上げるという、藁人形論法(ストローマン)だといえます。

ニートは問題ない?

結婚の前提として、収入がある程度必要だという話題で、インドの貧困を取り上げて、日本のニートは問題ないと苫米地さんはいいます。

ニートは豊かな国のあかし

私は、脳機能理論やそれにもとづいた心理的技法をセミナー形式で伝える「ドクター苫米地ワークス」を主催しています。その中に会員制コーチングラウンジの「クラブ苫米地」があり、会員との語らいの場にしているのですが、あるとき女性会員からこういう質問が出ました。

「兄がニートで、親のすねをかじって働かず、家事もしません。家で暴力を振るって困っています」

最近よくあるニートの相談ですが、まず、二つのことを分けて考える必要があります。つまり「ニートであること」と、「親に暴力を振るうこと」は別なことだということを理解するのです。相談者が思い込んでいるように、「ニートだから暴力を振るう」のではありません。ニートという言葉には「働かない人」以上の意味はなく、家で暴力を振るうのは、本人の別の問題です。相談者に対しては、「あなたは、そんな家からは出なさい」という回答で終わりです。

「現代の日本でニートであることは、何の問題もないのです。それを許せるおなたのお父さんの経済力は、世界的には『貴族』といっていいのです」

ニートの子どもを養う経費はどのくらいかかるのでしょうか。食費だけだと月に三万円から、そのほかの経費も持つとなると十万円ぐらいでしょうか。三万円でもインドの月収三百円の人百人分を養えるわけです。

「そいういう貧困にあえぐ人たちから見れば、あなたのお父さんは財閥の総帥クラスの収入を誇っているということになる。もし、あなたのお父さんが財閥ロスチャイルド家の総帥だとしたら、『自分の子どもが働かない』などと人に訴えることはないでしょう」 1196

前半のニートであることと、暴力を振るうことは別の問題というのは賛同します。

相談者の兄がニートで暴力的だからといって、ニート=暴力的というのは間違っています。日本人に犯罪者がいるからといって、日本人=犯罪者とはならないでしょう。むしろ凶悪犯罪の認知件数をみれば他の先進国と比べて日本人の犯罪者は少ないという主張もできます。

しかし後半のニートが何の問題もないというのは疑問です。相談者の父親が資産家で、家賃収入や利息収入があれば、問題無いかもしれません。そうでないなら問題です。

父親が亡くなった後、ニートの兄はどうするのでしょうか?

現状~将来の日本の財政状態からして簡単に生活保護は降りるとは限りません。現在でも役所の窓口での水際作戦などが問題になっているのです。

将来的には兄の生活や社会的立場は間違いなく苦しくなりますし、現在は強制ではありませんが、妹である相談者のところに兄を扶養して欲しいと依頼がくる可能性もあります。

また、インドの人の収入と父親の収入を比べるのもナンセンスです。父親はインドで生活しているわけではないからです。

日本で住んでいる以上、日本の物価や税金、文化の中で生きています。比べるというなら、父親の周りの人たちと比べなければ意味がありません。

少子化で困らない?

国家存亡の危機のように言われていますが、実際のところ、少子化は税収がすくなくなる以外の社会的な問題はありません。人口が減れば、当然労働力も少なくなって国全体の生産力は落ちますから、見かけの世界的な経済力は下がりますが、国内での競争は逆に緩和されます。家賃は下がるし、大学の入試倍率も下がる、いまより楽に暮らせるようになります。一人当たりの生産性は変わらないのですから、税金を集めた分から再分配しなければならない金額が減ることになり、個人の収入は上がります。つまり「幸せ度」は上がるはずなのです。 1271

国の支出でもっとも大きいのが社会保障費です(財務省:国の支出・収入の内訳は?)

税収が減れば、社会保障費に使える予算も減っていくのです。そうなれば今まで国が行っていた社会保障制度を維持できなくなります。医療、介護、年金などの制度がいきなりゼロにはなるのは現実的ではありませんが、どんどん縮小する可能性は極めて高いでしょう。

そうなると、年老いた親を子どもが養い、介護も家族でするという昔のようなスタイルに近づいていくと思われます。

親の面倒を見ながら仕事をする・・・これでは一人当たりの生産性が下がるのは間違いないですし、(年金が減った分の)親の生活費、(税金で補填していた)医療費や介護費など支出が増えるので、収入が増えたとしても手取りが増えるとは思えません。

また大学にかける税金も減り、大学の数や定員数が減ると思われるので、入試倍率が減るとは限りません。

『「幸せ度」が上がる』かどうかはわかりませんので間違っているとは言いません。とはいえ少子化に対して、楽観的すぎる見方だと思います。

300万で子どもが育てられる?

ではどのくらいのお金があれば子どもが育てられるのでしょうか。

そこでちょっと計算してみました。家賃が十万、食費が六万、その他九万として、月に二十五万、年収にして三百万を目標にすれば、公的補助や健康保険組合からの補助などを組み合わせて充分育てていけるでしょう。この額は、婚活を目指す女性が「いま」稼いでいる額に近いのではないでしょうか。ならばいまのまま、結婚せずに子どもをつくっても大丈夫だということです。一人は大丈夫、二人目もつくってもいいけど、世界の人口を考えると、二人目はつくらない方がいいんじゃないか。 1346

年収から税金と社会保障費(公的保険、年金)を引いた金額が実際に使える手取りです。

年収=手取りだと勘違いしているのは、かなり初歩的なミスと言えます。

苫米地さんは高所得者なので、年収300万の生活にリアリティを感じることができず、スコトーマ(盲点)になっていると推測します。

年収300万ということは、手取り242万で月だと約20万です(参考:年収の手取りは実際にはいくら?)家賃10万食費6万だと手元に4万しか残りません。

その他にも何かとお金はかかりますし、将来に備えて貯金も必要です。子どもがいると児童手当もありますが、家賃と食費をもう少し切り詰めて・・・母子がなんとか生活できるレベルでしょう。

また、本書で苫米地さんは言語能力を学ぶため、大学に行くことを進めていますが、正直いってこの年収で大学の学費を払うのはキツいと思います。奨学金という方法もありますが、子どもの将来の負担が増えることになります。

子どもが大学まで行くことを想定するといくらかかるのでしょうか?これは諸説ありますし、生活レベルにもよりますが、だいたい年収500万ほど必要なようです。

(参考)

子ども2人を育てるのに、必要な年収はどれくらい?

いま失敗すれば、日本終了。

年収500万はひとりではむずかしく、高所得の異性と結婚するか、高所得でなくても結婚して共働きで世帯収入として考えるのが現実的でしょう。

まとめと婚活の代替案

本書『さよなら婚活』は賛同できる部分もあり、私も全否定するわけでありません。

しかし婚活を否定するという主張のために、積み上げる論理展開がずさんで、破綻している部分があります。2010年に出版されたことを考慮しても、苫米地さんらしくない内容だと思います。

苫米地さんからすると、婚活で苦しんでいる人を救うための方便なのかもしれません。

しかし、宗教の教義について苫米地さんがいつもいっているように、最後には方便だとネタばらしをするべきですし、もっと現実味のある方便を使うべきでしょう。

以下は余談になりますが、苫米地さんの婚活本を批判するだけでは、無責任かもしれません。

そんなことをしても婚活で苦しんでいる人の助けになるわけではないので。この本を手に取るのは婚活で悩んでいたり、婚活に疑問を持っている人でしょう。

そこで婚活について私なりの考えを書いてみようと思います。

婚活で幸せになれるかどうかはわかりません。しかし婚活は結婚の手段として効率が悪いと思います。

婚活は2007年に社会学者の山田昌弘氏が作った造語だそうです。婚活ブームの始まりは諸説ありますが、2010年前後と考えられます。(参考:ウィキペデイア結婚活動

そして2015年度に実施された、国立社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)によると、夫婦が出会ったきっかけとして以下の理由が挙げられています。

  1. 友人・兄弟姉妹を通じて 30.9%
  2. 職場や仕事で 29.1%
  3. 学校で11.7%

職場仕事関係、友人兄弟姉妹の紹介、学校で全体の7割を占めます。

では婚活は?

該当する項目は(お見合い結婚)6.5%か(街中や旅先で)4.9%だと思いますが、僅かと言えます。

つまり・・・あれだけ婚活ブームといいながら、実際に婚活を通じて結婚した夫婦の割合は少ないのが現実です。

どうしても結婚がしたいのであれば、婚活を手段にするのは非効率だと私が主張するのはこの理由からです。

婚活にお金や時間を費やすくらいなら、異性の多い職種や職場へ転職する、紹介をしてくれそうな友人を増やすといったことに労力を費やすほうが効率がいいと思います。

転職をしたり友人を増やしたとしても、すぐに結婚できるわけではありません。時間もかかります。しかし婚活よりは結婚できる可能性は高いでしょう。

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