言うまでもないと思いますが、洗脳と言えば苫米地さんです。苫米地さんの原点といえば洗脳の教科書である『洗脳原論』と洗脳から身を守る具体的なトレーニングについて書かれた『洗脳護身術―日常からの覚醒、二十一世紀のサトリ修行と自己解放』があります。
これらは今から15年以上前の本ですが、洗脳に関する本としては現在でも大変価値のある本だと思います。
本書は前作洗脳護身術から16年目になる2017年出版されました。洗脳本としては前2作の続編と言える内容です。
前2作ではカルト宗教やマルチ商法などが洗脳する側として想定されていました。本書でもそれらは扱っていますが、加えて国家や企業、利権団体や国際金融家などスケールの大きな組織が仕掛けてくる洗脳がメインです。
これら最新の洗脳事情と前2作よりもアップデートされた洗脳から身を守る方法が書かれています。
洗脳の定義は?
『洗脳』という単語はあきらかに普段から使う言葉ではありません。英語から輸入された言葉であり『brainwashing』の直訳なので、文字だけではいまいちピンとこないと思います。
映画やマンガなどで見たりして、漠然としたイメージだけがある、というのが普通ではないでしょうか。
本書で苫米地さんは洗脳の定義からはじめます。
ところで。読者の皆さんは、洗脳をどんなものだと思っていますか?
試しに、広辞苑で開いてみると「新しい思想を繰り返し教え込んで、それまでの思想を改めさせること」と説明されています。
大辞泉によれば「1、共産主義社会における思想改造。2、その人の主義や思想を根本的に改めさせること」となっています。
しかし、実際の洗脳はこんなものではありません。
広義で言えば、「情報によって意図的に他人を操作」できれば、それすなわち洗脳行為であり、実はこんなことは誰もが日常茶飯やっていることなのです。
(中略)
とはいえ、そうなってしまうと。人間の活動のほとんどすべてが洗脳、あるいは洗脳と関わりあることになってしまいます。
ですから、洗脳は広義ではなく、狭義で、しっかり正確に定義する必要があります。
実はすでに15年前、『洗脳原論』の中で私は洗脳を狭義で定義しているのですが、まったく理解されていないようなので、改めてここに記しておきましょう。
「本人以外の第三者の利益のために意図的に情報操作を加えること」
これが洗脳の正確な定義になります。 6~7ページ
苫米地さんの洗脳の定義は『本人以外の第三者の利益のために意図的に情報操作を加えること』。
洗脳の定義をハッキリさせることには意義があると思います。世間でもこれは洗脳ではないか?という議論になる場合があるからです。
例えば教育です。ホリエモンこと堀江貴文氏の『すべての教育は「洗脳」である~21世紀の脱・学校論~ (光文社新書)』という本が大変売れています。
まだ読んでいないので、本の内容に関してはコメントできませんが、教育が洗脳であるかどうかが議論になりやすく、教育=洗脳であると考えている人も多いでしょう。
苫米地さんは本来の教育は洗脳に当てはまらないといいます。
なぜならば教育は本人のために行われるから。親は子どもが将来生きていけるように教育します。学校も同様です。教育は本来、第三者の利益ではなく、本人のために行われるものでしょう。
しかし、教育が洗脳になりえる可能性を苫米地さんは否定しません。子どものためよりも親自身が自分に都合の良い人間に育てたいと考えて行われた教育は洗脳です。学教教育にしても戦前のように個人の利益よりも国家の利益となるためであれば洗脳といえるでしょう。
洗脳かどうでないかを分けるのは動機である・・・というのも重要な指摘だと思います。
洗脳と聞くと、どのように洗脳するか?されるか?ということを考えがちです。確かに洗脳するためのテクニックはあり、本書にも書かれています。
しかしどのようなテクニックを使うかではなく、どのような動機で行うかで教育になったり洗脳になったりするのです。
トランプはアメリカ人を脱洗脳をした!?
ドナルド・トランプ氏が大統領になったのは記憶に新しいと思います。
本書が書かれたのがアメリカ合衆国大統領選挙からあまり日にちが空いておらず、苫米地さんは洗脳の観点から2016年アメリカ合衆国大統領選挙の分析をしています。
結論からいうと、トランプ氏はアメリカ国民を脱洗脳したおかげで大統領選挙に勝利できたというのです。
トランプ氏がアメリカ国民を洗脳して選挙で勝利した・・・というのであれば特に目新しい論だとは思えません。
トランプ氏は実業家としてよりはテレビなどメディアへの出演によって人気を得ている人物です。その影響力でアメリカ国民を洗脳し、大統領になったという話ならうなずけます。
しかし、アメリカ国民はもともと洗脳されていて、その洗脳を解いたのがトランプ氏で、これにはアメリカンドリームの闇が背景にあると苫米地さんはいいます。
ここ十数年、アメリカの失業率はずっと上がっています。近年下がっているように見えるのは、職探しを諦めた人を統計に加えていないからで、実質の失業率は一度も下がっていないはずです。
こんな状況になった原因のひとつが移民たちの存在です。
彼らは低賃金で働くため、アメリカ人労働者は仕事を奪われてしまうのです。
(中略)
ところが、メディアはその不満が間違っているというのです。「自由市場こそ最高だ」「人種差別など言語道断」「白人以外の人々にもチャンスを与えるべきだ」といった形で不満をずっと抑え込んできたのです、
もちろんメディアの主張は正しい面もあるでしょう。人道的に見て、尊重する部分もあるのは確かです。
しかし、白人以外の人々にチャンスを与えることによって自分たちの仕事が奪われ、貧困層に落ちるとなったら、どうでしょうか?
事の善悪など関係なく、「この国は俺たちの国だ。移民は出て行け。自由市場など反対」となるのが人情というものでしょう。
(中略)
トランプ氏はそういった層に対して、「もう我慢しなくていいんだ。この国は白人の国なんだ」というメッセージを与え続けたのです。
(中略)
トランプ氏が師事された理由はそれだけではありません。あまりにひどい所得格差にも我慢の限界が来ていました。
(中略)
中流層が没落して下層階級になる一方、富裕層は超富裕層となり、信じられない金額の年収を得ています。何しろ一昨年のウォール街の平均年収は650億円でした。
ところが、下層階級の人々は健康保険にも入れず、盲腸の手術で600万円もの大金を請求されたり、入院中に貯金が底をついて、近くの公園に放り出される始末。普通のアメリカ国民の生活は、とてもみじめなものになっています。
23~25ページ
アメリカンドリームの裏で多くのアメリカ国民が苦しんでいる実情があるわけです。
トランプ氏のように暴言や差別的な発言が目立つ人物を大統領に選んでしまう、アメリカ国民を批判するのは簡単です。
しかしお金もなく、仕事もない、医療もまともに受けられず、超富裕層だけが儲けているとなれば世界中どこの国民でもトランプ氏のような人物を選んでしまうと思います。もちろん、日本も例外では無いでしょう(実際、日本がそうなってしまうことを苫米地さんも危惧しています)
そしてアメリカ国民を洗脳していたのは既存のアメリカのメディアだったと苫米地さんはいいます。
アメリカのメディアが自由主義を絶賛することで、回り回ってウォール街に莫大な富が流れ込んできたわけです。また、人口の7割が白人であるアメリカで、メディアの情報操作がなければオマバ氏が大統領になるのは難しかったといいます。
本音を押さえ込むために洗脳をしてきた、マスメディアから『脱洗脳』してアメリカ国民が本音が言えるようにしたのがトランプ氏だというのです。
『洗脳原論』のころであれば、洗脳してくるのはカルト宗教やマルチ商法が想定されるので、脱洗脳できて良かったね…で話は終わりです。
ところが、現代洗脳ではもっとスケールが大きく複雑になっているのが特徴です。
アメリカの例でいえば、アメリカ国民はトランプによって脱洗脳できてよかったのでしょうか?元のメディアの洗脳は問題なかったのでしょうか?
単純な話ではないので、すぐに答えられないと思います。
元オウム信者の証言
本書には特別章として、元オウム信者2人へのインタビューがあります。
一人は元アーレフ代表で現在はホームレス自立支援などの活動をしている野田成人氏で、もう一人は苫米地さんが脱洗脳した女性であるS氏です。
オウムに入信したきっかけや、オウムでの生活、オウム側から見た苫米地さんの話など大変興味深いインタビューでした。
2人に共通しているのは、オウムに入ったきっかけです。野田氏は大学生時代に人生に行き詰まったと感じたときに麻原の本を読み、S氏は高校生のときに部活の人間関係で悩んだ際、同じく麻原の本を読んでオウムに入信したと言っています。
つまり学生時代の挫折や悩み→オウムに入信という流れです。
オウムの中で行われていた多くの修行や恐怖支配は、麻原への帰依を深めるためのもので確かにそれも洗脳と言えますが、それも最初の書籍洗脳体験があればこそ、です。
意外かもしれませんが、オウム真理教にとって最も強力な洗脳装置は書籍だったのです。
本を読んで「これだ」と思って入信した人々が、やがて日本の犯罪史上最悪のテロ事件を起こしたのです。 161ページ
そして本が一番の洗脳装置だったというのです。
内部での修行では様々なことを行っていましたが、少なくとも入信の段階ではオウムはこれといって特別な洗脳方法をしていません。
苫米地さんがいっているように古くからある仏教流派でもオウム以上に過酷な修行法がありますし、CAIなども『MKウルトラ計画』などで過激な洗脳方法を模索していました。苫米地さんの洗脳の定義に従うならば現代ではメディアのほうがよっぽど高度な洗脳をしていると思います。
これは非常に恐ろしく感じました。オウムの洗脳方法がありふれていたとすると、入信した人の問題になりますが、元信者の2人はインタビューを読む限り特殊な人ではなく、どこにでもいる普通の人に思えたからです。
学生時代、いや社会人になっても悩みがあるのは普通のことです。程度の差はありますが私にもありますし、あなたにも悩みがあると思います。
そんなときに本屋にいって本を手に取ることもあるでしょう。その本がたまたま麻原の本だったら?
苫米地英人と気功
苫米地さんといえば気功ですが、これに関して元信者のS氏のインタビューで気になる部分がありました。
S氏は脱会後も麻原への信仰を捨てきれず、苫米地さんの脱洗脳を受けましたが、その前に乳がんを患っており、苫米地さんにガンを相談もしていたそうです。
その後、苫米地さんにはがんの相談をするようになりました。
懇意のお医者さんを紹介してもらって、がん細胞も取りました。腫瘍が皮膚を突き破るほど進行していたがんですが、いまは治まっています。
がん治療についても苫米地さんにはお世話になりました。
抗がん剤治療を続けているとき、ショッピングセンターで急に気分が悪くなってしまったんです。店内のベンチで横になっても脂汗が止まらず、救急車を呼ぼうかと思ったほどですが、私は苫米地さんに「苦しくて動けません」ってメールをしました。そしたら、「救急車をすぐ呼びなさい。いまから気を送る」って言われて3分もしないうちに元気になったんです。苫米地さんの遠隔気功で気持ち悪さが治ってしまったんです。 142ページ
このインタビューを呼んで少し安心しました。S氏を苫米地さんが気功で楽にしたからではありません。
苫米地さんが乳がんを患っているS氏に医者を紹介し、助けを求められたときもまず『救急車をすぐに呼びなさい』と言っているから。
苫米地さんが怪しく胡散臭く見えるのは否定できませんが、こういうときに極めてまともな対応をしているのも事実です。
気功などは女優の川島なお美氏ががんで亡くなったときに、ニコニコ生放送で代替医療(統合医療)について質問された苫米地さんは、気功などの代替医療はあくまで”代替”であって標準医療をまず行い、ダメだった場合に使われるべきだと言っています。
気功を使うからと言って、苫米地さんがトンデモだというのは早計だと思います。
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