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オウム真理教元幹部野田成人VS苫米地英人!?『革命か戦争か―オウムはグローバル資本主義への警鐘だった』

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革命か戦争か―オウムはグローバル資本主義への警鐘だった

野田成人氏とは

野田成人氏はオウム真理教の元幹部で、アーレフ(現Aleph)の代表をしていました。

現在はアーレフから除名され、自身でNPO団体を立ち上げ、ホームレス支援活動を行っているそうです。

野田氏自身は地下鉄サリン事件には関わっておらず、罪に問われることはありませんでしたが、その後2004年に医薬販売の許可を得てない医薬品を販売し、薬事法違反容疑で逮捕され、その後懲役1年6ヶ月、執行猶予5年の有罪判決を受けています。

本書では野田氏がオウム真理教に入信してから、教団内で幹部になり組織運営、除名されてその後の活動などを語っています。

オウム真理教の組織の内情を、元幹部の立場で書かれているので貴重だと思います。

また特別対談として、苫米地さんと野田氏の対談も収録されています。

オウムとグローバル資本主義

野田氏はオウム事件と現在のグローバル資本主義には共通点があるといいます。

教団においては、グルが全ての価値基準を上回るグルイズム、社会においては、お金が全ての価値基準を上回る拝金主義。グルイズムはグル以外の価値基準を排除し、結果、先鋭化していきました。

一方、現在の資本主義はお金という価値基準があらゆる価値観や文化を呑み込み、駆逐しています。結果として、資本主義というシステムも、拝金主義が行き過ぎることによって崩壊するのではないか、と考えています。グルイズムは外敵との衝突でしたが、資本主義は、戦争という内部崩壊に終わる可能性が高いのではないか、と。4

宗教にはアンチ資本主義的な側面があると思います。

オウムに高学歴の信者が入信した理由も現状の資本主義に絶望して、経済ではなく信仰で世の中と関わろうという動機があったのでしょう。オウムがグルイズムから犯罪に走りそれを止められなかったのと同じように、資本主義は戦争で終わるというのが野田氏の主張です。

しかしながら、グルイズムと資本主義という2つのシステムではその性格が大きく異なります。グルイズムは宗教的理念であり、精神的な価値観の追求といえます。グローバル資本主義は物質的豊かさや快楽の追求、即物的な価値観ともいえます。この精神と物質という意味では、これらは光と影のようなものです。光あるところ、必ず影が存在します。このように、精神的価値観と物質的価値観は、表裏の関係にあると私は考えています。4

オウムのグルイズムと資本主義には違いもあり、表と裏の関係だというのです。

社会問題を単純化しすぎとも言えますが、これは”過ぎたるは及ばざるが如し”ということではないでしょうか。

資本主義が人々を豊かにして、命を救ったことは事実です。しかし行き過ぎれば利権を巡って戦争に発展することは苫米地さんの歴史関係の本を読むと理解できると思います。

一方で旧約聖書に『ひとはパンのみにていくるものにあらず』とあるように、物質的な豊かさの追求だけでは限界があるのも事実です。しかし行き過ぎればオウムのようなグルイズム、カルト化する危険性があります。

結論としてはバランスが大事だということ。仏教でいえば中道です。

本書の後半で野田氏が仏教の空の思想について語っていますが、最終的にはこのあたりからつながっていくのではないでしょうか。

苫米地英人VS野田成人

オウムの内情など興味深い内容が多い本書ですが、基本的には野田氏の視点…かなり冷めた目で見たオウム真理教が書かれています。しかし苫米地さんと野田氏の対談ではかなり熱い感じです。

3日で洗脳を解いた!?

苫米地 あのとき。一ヶ月経ったあとに都沢が麻原の写真を破るというパフォーマンスを「FRIDAY」でやっているんだけど、実際には3日で終わっているんだよね。

野田 たった3日ですか!?

苫米地 丸一日にらめっこをして、そのよるには洗脳が解けたのね。で、終わったあとにお父さんのところへ行かせて、肩を揉ませたんだよ。野田君はわかると思うけど、オウム信者にとってはたとえ父親でも一般人の肩を揉むって、ものすごいカルマがうつるでよ。さらに次の日、秋川淫谷の釣り堀に行かせて、釣りをさせたんだよ。都沢って魚をさばくのがうまくて、彼女に釣った魚をさばいてもらったんだ。「解けた」という本人の自覚以上に、こういう行動ができることが解けたことを証明しているんだよね。

野田 たしかにそうですね。信者から見たら「そんな殺生できるわけがない」ってなりますから。 193

オウム真理教元幹部の都沢和子を苫米地さんが脱洗脳した話は洗脳原論に出てきます。

しかしその後に洗脳が解けたかどうか試すために、父親の肩を揉ませたり、魚をさばくなどしていたのは本書で知りました。

3日で解いたというのもインパクトがあり、野田氏も驚愕しています。

苫米地英人が語るオウム真理教の問題点

苫米地 ところで野田君はなんでオウムに入信したの?

野田 大学に入って、人生に行き詰まってしまったというか。東大に入って将来はノーベル賞を取ろうと思って頑張っていたんですけど、ガロア理論というのがあって、僕は20歳のときに読んでも理解できなかったんです。ガロア理論の創出者エヴァリスト・ガロアはその理論を10代で発見しているのに、自分は20歳を過ぎても理解できない。で、「僕はダメだなぁ」と悩んでいたんです。ちょうどその頃に麻原と出会って、解脱や輪廻という仏教の価値観を知って、「これだ!」と。考え方が180度変わってしまったんですね。

苫米地 当時は野田君みたいな若者が多かったと思うよ。「自分探し君」の成れの果てみたいな。伝統宗教はつまらないし、何もしてくれないので、じゃあ新興宗教に行こう、と。でも、新興宗教に行ってみると。教祖は頭悪そうだし、金集めしかやっていない。そんな状況の中で全国の新興宗教をウロウロして、最後にオウムと出会った瞬間にハマる。オウムには、チベット密教の超人思想みたいなヨガ好きが憧れる要素はあったし、何よりも空観の教えだよね。だから、インテリ層がオウムの競技にハマった理由はよくわかるんだよ。

オウムに関する一連の事件の詳細が明らかになったとき、オウムの教義とか、宗教組織としてのあり方とは、カルト宗教の問題として批判する人もいたけど、俺は違うと思ったんだよ。オウムの最大の問題点は、山を降りてテロを働いたことなの。「山を下りる」というのは、要するに俗世間とかかわりを持とうとしたことね。で、山を降りてテロを働いたことと。オウムという宗教組織の問題点は、まったく別の話だよ。

そもそも宗教の論理は、その世の論理とは相容れないものなんだよね。ところが世界の大きな宗教はすべて、この世の論理と相入れているでしょ。政権政党まで出てくるし。「オウムは反社会的だった」とかいうけど、宗教が反社会的なのは当たり前。むしろ現実世界に適応している。”社会的な”宗教のほうがおかしいと思うよ。

野田 じゃあ、オウムはどうすればよかったんですか?

苫米地 そんなの簡単だって。山の中でずっと修行してりゃ、よかったんだ。 197~198

野田氏がオウムに入信するきっかけを語っています。苫米地さんによれば当時そのような若者がたくさんいて、オウムがそのニーズに合っていたといいます。

オウム真理教の問題点は散々議論されていますし、本書でも野田氏が語っています。しかし苫米地さんはオウムが社会と折り合いをつけようとしたことそのものが問題だったといいます。

むしろ宗教が反社会的なのは当たり前だというのです。

逆に言えば、どんな宗教でも突き詰めていいけばオウムのようにテロに走る危険性があるとも言えます。

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