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人間と人工知能の違いとは!?『人間は「心が折れる」からこそ価値がある』

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人間は「心が折れる」からこそ価値がある

編集者に折れない心について聞かれた苫米地さんが、『心は折れたほうがいいんだよ』という会話をしたのが、本書を書いたきっかけだそうです。

それを具体的な話題である人工知能の話で説明しています。本書の大半は人工知能の話題であり、一部に人工知能研究の過程でわかった人間の脳のことが書かれています。

人間は「心が折れる」からこそ価値がある?

上記の編集者の質問のように、普通に考えたら心が折れないほうがよいと思います。

あなたは今までの人生で心が折れそうなときはあったでしょう。もしかしたら「あのとき心が折れていなければ」と後悔したこともあるかもしれません。

心が折れる・・・というのは感情があるからおきる現象です。一方、機械であれば感情がないので心が折れることはありません。

人間と機械の差は感情の有無だということです。では感情が無い方がよいのでしょうか?単純作業のようなものであれば、感情は必要ないでしょう。むしろ感情が邪魔なものと考えることもできます。しかし付加価値の高い仕事の場合感情は必要です。

例えば、開発や企画などの仕事では他人の感情を理解できなかったら、優れたものを作り出すことは難しいでしょう。商品やサービスを最終的に使用する消費者には感情があるからです。それを無視して優れた商品やサービスを作ることができるでしょうか?営業の仕事でも、顧客の感情を理解することができなければ、営業成績を上げられるとは思えません。

つまり、人工知能に単純作業以上のことをやらせようと思えば人工知能にも感情が必要で、感情を理解できることが優れた人工知能の条件だと苫米地さんは言います。

また、よく言われるのが人工知能に仕事を取られてしまうということです。

特定の情報処理に関して人工知能はすでに人間を超えています。「AlphaGo」が人類最強の棋士に勝利し、引退したことは記憶に新しいと思います。

「AlphaGo」という“神”の引退と、人類最強の19歳が見せた涙の意味:現地レポート|WIRED.jp
人類最強の棋士・柯潔(カ・ケツ)と囲碁AI「AlphaGo」の三番勝負は、AIの3連勝で幕を閉じた。完敗が決まった最終戦、19歳の柯はこれまでにない苦悶の表情を浮かべた。そして試合後の記者会見で、

本書の中でも検討されていますが、単純作業でもすべてが人工知能に置き換わるとは限りません。

自動券売機が普及しても、すべての飲食店からレジの仕事がなくなったわけではないでしょう。券売機のコストの問題、メニューが多すぎて券売機では対応できない、人と人との関係を大切にする考えなどが理由です。

ただし、現在あるいくつかの仕事は人工知能に取って代わられるといいます。

人間が人工知能と争うのではなくて、「心が折れる」・・・感情が豊かであることを活かした、付加価値の高い仕事をすること。これが苫米地さんの提案だと思います。

人工知能に人類が滅ぼされる!?

優れた人工知能に人類が滅ぼされる、もしくは支配されるというのもよく言われます。『マトリックス』や『ターミネーター』、『2001年宇宙の旅』などの映画でもお馴染みの世界観です。現実でも2045年問題(シンギュラリティ)というものが言われています。これは人工知能が人間を超える時期が2045年に来るという予言です。

http://www.fujitsu.com/jp/group/fjm/mikata/column/fjm4/001.html

苫米地さんは2045年問題を否定します。マシンに自意識は芽生えないと言います。

ただし、以下のいくつかの理由によって人工知能が暴走する可能性があるそうです。

プログラマーの悪意orバグ

プログラマーが意図的に悪意のあるものを人工知能に入れる可能性があるし、プログラマーのミスでバグが発生する可能性は否定できません。

これは人工知能が悪いのではないでしょう。自動車の設計ミスで事故が起こった場合は、自動車メーカーに責任があるように、プログラマーや開発企業の責任が問われる問題です。

また人工知能がミスを犯すよりは、人間であるプログラマーがミス(もしくは悪意を持つ)可能性のほうが高いといえます。

怖がるべき対象は人工知能そのものではなくプログラマーのほうです。

ハッキング

一番警戒するべき相手はハッカーだそうです。コンピューターがハッキングされるということは今現在起きていますし、人口知能がその対象になることは充分考えられます。

そして肝心の人工知能そのものがハッキングされてしまっては、どうすることもできません。

少なくとも、人工知能そのものに滅ぼされるor支配されるよりは、現実味のあるシナリオと言えるのではないでしょうか。

古い経済学への批判

本書のメインの内容とは少し外れるのですが、苫米地さんの経済学への批判が興味深かったです。

経済学において、現在勢いがある分野が行動経済学です。有名なのは2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンでしょうか。

実験を通じて人間の行動パターンの統計データを取り、そこから結論を出すのが行動経済学です。これは行動心理学と非常に似ています。むしろ心理学的な要素を取り入れた経済学といえるでしょう。ダニエル・カーネルマンが元心理学者なのも偶然ではありません。

これに対して、古い経済学は「完全情報」と「合理的判断」を基本としています。これは行動経済学で否定されてしまいます。つまり人間というのは、完全情報を持っていないし、必ずしも合理的判断ができるとは限らないということです。

古い経済学ができた時代は市場が小さかったのが原因だと苫米地さんは言います。小さい村や町の話であれば、あっちの店で同じものが安く売っているなどの情報もわかるでしょう。

人工知能も古い経済学のように「完全情報」と「合理的判断」つまり、感情を排除してしまうと、人間とかけ離れた結論を出してしまう可能性があるということです。

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