スポンサーリンク

珍しい論語批判本!?『論語洗脳』

スポンサーリンク

洗脳論語

なぜ今、論語なのか?

孔子は古代中国の思想家で、儒家の始祖です。

論語は孔子の弟子たちが編集して本にしたものと言われています。『孟子』『大学』『中庸』と並んで、儒教における重要な書物である四書の1つです。

内容は弟子や周りの人たちの発言や行動について、孔子がコメントするというものです。

孔子が生きていたのは春秋時代ですが、それより古い周王朝の時代の礼式を理想としている孔子は、同時代の人に対して古い礼式を知らないと嘆いている描写が多いです。現代でいえば「最近の若者は・・・」と嘆く高齢者に近いでしょうか。

論語は中国では元以降、官僚登用試験である科挙の科目になっています。

日本には飛鳥時代に伝来しており、江戸時代には武士を中心に広く読まれました。明治維新後も、元武士の官僚や実業家の間では一般的なものでした。
「日本資本主義の父」といわれる渋沢栄一氏も論語と算盤という著作があります。

平成の現代においても、論語は強い支持を受けていると思います。

Amazonで論語を検索すると、古典としての論語、ビジネスに活かす論語などバラエティに富んでいます。中にはプーさんやドラえもんなど子ども向けのものがあるのには驚きました。

とはいえ、ビジネスに活かすという自己啓発的な使い方が多いのではないでしょうか。

中でも経営者の方が押してる場合が多いと思います。ネットで調べただけでも、SBIホールディングの北尾吉孝氏が愛読書として上げていますし、上記の渋沢栄一の本の内容紹介には、ライフネット生命保険の岩瀬大輔氏やローソンの新浪剛史氏などが推薦しています。

北尾吉孝さん|オトコの本棚|WEB本の雑誌
SBIという総合金融グループを率いる経営者であり、中国古典に精通していることでも知られる北尾吉孝さん。言葉の端々に孔子や...

このように論語は好意的に取られることが多く、批判されることは少ないと思います。そんな中、本書で苫米地さんは論語を明確に批判します。

論語の問題点

苫米地さんは本書の中で論語の問題点をいくつか上げています。

差別につながる

論語の中には「仁」「忠」「義」というものが出てきます。仁義や忠義など一般的には良いニュアンスで受け止められます。

これを君子に対して行うことが重要といいますが、「君子」とは誰を指すのでしょうか?一般的には目上の人や仲間を解釈されることが多いですが、本来は皇帝を指す言葉です。皇帝に対して仁義や忠義を尽くすこと・・・というのが本書の中で述べられています。
つまり支配者に非常に都合の良いものだと言うことです。支配者と被支配者を差別するのが論語の本質だと言います。

江戸時代に幕府が奨励していたり、現代では経営者の方が推薦しているのは、論語が支配者に都合の良いものだという状況証拠になると思います。

また、孔子の後に出てきた墨子も当初儒教を学んでいて、孔子の唱える「仁」が差別に繋がるとして「兼愛」というキリスト教の博愛に近い思想を唱えています。

論語が差別に繋がるという考えは苫米地さん独自のものではなく、春秋戦国時代当時からあったわけです。

宗教的問題

論語は儒教の経典です。儒教という宗教を広めるために様々な仕掛けが施してあります。それを自覚せずに読むのは大変危険なことだと、苫米地さんは言います。

その具体的なテクニックは本書の中に出てきますが、脱洗脳の専門家である苫米地さんならではの視点で書かれていると思います。

解釈の違い

なぜ今まで論語を批判するような本は少ないのでしょうか?苫米地さんに言わせれば「スコトーマがかかっているから」になりますが、解釈の問題だと思います。
本書の中にもあるように、論語は漢文で書かれています。漢文は解釈の自由度が高く、読み手によって、解釈が変わってしまうという問題点があります。

今まで論語を読んだ人たちは、好意的な解釈をしていました。自分(訳者)の考えに近い解釈をしていたのではないでしょうか。
歴史的背景や論語の成り立ちを考えると、苫米地さんの論語批判はそれなりに説得力があります。

教育勅語問題と似ている

先日、教育勅語が学校で使われるのではないかと問題になりました。
これに対し、教育史学会が声明を出しました。
http://kyouikushigakkai.jp/info/2017/0508115621

教育勅語は儒教の影響が大変強く、論語よりも露骨に支配者の論理が書かれています。

明治時代のネオ論語と言えるでしょう。声明の中で上げられている教育勅語の問題点は、そのまま論語にも当てはまるのではないかと思います。

終わりに

苫米地さんの論語解釈は正しいのでしょうか?大変説得力はありますが、正しいかどうかはわかりません。苫米地さん自身がいうように、漢文で書かれた論語には解釈に幅があるからです。

しかし、古典だからとか経営者が薦めているからという理由で、内容を良く吟味せずに論語に傾倒してしまうのは危険です。論語を読む上で、本書を読めば、論語をより違った角度から見ることができると思います。

コメント