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苫米地英人、脱洗脳後のインタビュー!?『洗脳されたい!―マインド・ビジネスの天国と地獄』

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洗脳されたい!―マインド・ビジネスの天国と地獄 (別冊宝島 (304))

胡散臭いビジネス、怪しいビジネスの事例集

マルチ商法、カルト宗教、自己啓発セミナー、オカルト商法・・・など本書ではその仕組みや背景を解説しています。

特にビジネスモデルに焦点を当てていて、どうやって稼いでいるかを細かく書いています。

いわゆるムック本と言われているものですが、団体の元会員や宗教の元信者などに取材を元に書いているので、信憑性も高く、大変読み応えがあります。

出版日は1997年。オウム真理教による地下鉄サリン事件の2年後です。その反動かわかりませんが、この時期にはこういったビジネスが流行りました。

出てくる事例こそ古いですが、現在も活動している団体も多いですし、通用する手法もあると思います。絶版にはなっていますが、貴重な資料でしょう。

本書は複数のライターの方が書かれています。

評論家の宮崎哲弥氏と宗教学者の島田裕巳氏の対談や、元と学会会長でSF作家の山本弘氏の記事など。山本氏の苫米地さん批判については以前レビューしました。

山本弘VS苫米地英人!?『トンデモ本の世界Ⅴ』
今回は苫米地さんを批判してる本をレビューします。批判の対象になっているのは、先日レビューを書いた『洗脳護身術』になります。 世の中にはトンデモ本という本のジャンルがあり、疑似科学やオカルトを本気で主張している本の中でも、『著者...

余談ですが、山本氏は本書で百匹目の猿現象や波動分析器に対する記事を書いています。ユーモアでありながら科学的で的確な批判をしていると思いました。

苫米地英人、脱洗脳後のインタビュー

表紙にもありますが、オウム幹部を脱洗脳した苫米地さんに対するインタビューが本書のクライマックスを飾っています。

苫米地さんが初めて出版した『洗脳原論』が2000年の出版です。

本書はそれよりも前なので、オウムの元幹部である都澤和子氏を脱洗脳してからそう時間がたっていない時期になります。そういった意味でも貴重な資料といえるでしょう。

比較的謙虚な苫米地英人

聞き手はジャーナリストでノンフィクション作家の岩上安身氏。

若き日の苫米地さんに対してするどい質問を突きつけています。苫米地さん自身も現在と比べるとかなり謙虚な印象を受けました。

マインドコントロールのメカニズムを聞かれた苫米地さんは以下のように答えています。

「私はあくまでサイエンティストであって、臨床家ではない。物質的な脳機能と、人間の精神活動の接点、グラウンディング問題と呼ばれる分野が、私の専門なんですが、デプログラミングの実践は、そうした理論的研究の検証であり、副産物なんです。口はばったい言い方をすれば、私がデプログラミングに成功したことは、私の脱洗脳技術の熟練度を証明しているのではなくーー私は決して熟練技術者ではありませんーー私が提唱しているサイバーホメオスタシス理論の正しさを証明していることになるわけです。 255

デプログラミングは脱洗脳のことです。脱洗脳に成功したからといって、脱洗脳の技術に苫米地さんが優れているわけでなないと言っています。かなり謙虚な感じです。

サイバーホメオスタシス理論は、体温や血圧、体重などを維持するために人間の身体に備わっている恒常性維持機能(ホメオスタシス)が人間の精神や心にも適用されるというもの。

自身が提唱した理論の検証のために脱洗脳をしたそうです。結果として脱洗脳に成功したのは理論が正しかったということでしょうか。

自分の理論が正しい=自分がすごいと遠回しになる可能性はありますが、現在の苫米地さんのようにストレートに俺すごいという感じではありません。

洗脳=精神医学ではない

では、臨床家でない苫米地さんが脱洗脳を行うのは問題がないのでしょうか?医師免許がないのに医療行為をすれば違法です。

オウム元信者と接していて、痛感したことがあります。

(中略)

ひとつは、これは病気ではないということ。第二に、したがって、これは伝統的精神医学の範疇外である、ということ。後遺症に苦しむ元信者のなかには、精神病患者に近い病例を示す人もいますが、彼らは精神病患者とは言えない。患者に対するのとは別のアプローチが必要です。

一般、精神病患者というのは、通常の社会という自然な環境の中で、対人関係のつまずきや仕事の失敗などなんらかの理由のため障害が恒常的に心身に現れる人のことです。精神科医の仕事というのは、その自然な環境と個人のかかわりのなかで、何が原因となって内部表現が書き換えられてしまったのか、その原因を解明するとともに、薬物投与を含め、対処療法的に治療することでしょう。 258

通常の心の病であれば、精神科医や臨床心理士が治療をするでしょう。実際、苫米地さんも脱洗脳の対象者が心の病気を抱えている場合は専門家と協力して脱洗脳するといっています。

しかし、洗脳という特殊な形で脳や心を操作された場合は、普通の心の病と原因も症状も違うといいます。

また精神医学の分野で洗脳の研究が進んでいないことも理由でしょう。だからこそ理論家である苫米地さんが脱洗脳の実践までしているのですから。

岩上安身氏のツッコミ

洗脳原論をはじめ、苫米地さんが繰り返し主張しているのが、『人間は誰でも洗脳される可能性がある』というものです。

洗脳とは特定の人がされるものではなく、私やあなたも洗脳される可能性がある。これに対して苫米地さんに岩上氏が鋭いツッコミを入れます。

苫米地さんは先ほど『人間は誰でもマインド・コントロールされる可能性がある』と言われた。また、人間の内部表現は外部操作によって書き換え可能であるとも言う。そこだけ聞くと、彼ら。『人間は皆マインド・コントロールされている』論者と、非常に近い考えを持っているようにも思えます。彼らの考えは果たして正しいのか、間違っているとしたらどこが問題なのか。またそうした考えに一定の妥当性があるならば、私たちの自己像や現実認識やきわめて不確かなものとなってしまう。そうなったら私たちはどうやってセルフイメージを保ち、自己の思考と行動に責任を持つことができるのか。どうお考えですか。 265

苫米地さんはインタビュー中にカルト批判にたいする批判(メタ批判)について、すべての人間がマインドコントロールされているという論調はおかしいと言いました。カルト側は今の社会がおかしくてみんな洗脳されていると主張するのです。

これに対して岩上氏は、苫米地さんの意見とカルトがよく言う『人間は皆マインドコントロールされている』というとどう違うのか?と問い詰めます。

私は『自分が自分をコントロールする』ことは、マインド・コントロールとは呼ばないと定義しています。

(中略)

アナーキスト的な人たちが考えるように、教育や法律など。現在存在している価値観で、社会がその構成員に対し、強制力をもって受け入れさせていることは、定義上マインドコントロールである、と言えなくもない。しかし、教育制度なり法律なりは、民主主義のもとで我われ国民が選んだものである。少なくとも建前上は。

(中略)

この理屈にあえて問題点を見つけるとすれば、誰も自分で選んでこの国の国民として生まれてきたわけではないということ。そういう意味では、出発点としてはまず、国民になる、国民として育てあげられてしまうというマインドコントロールが存在することになる。でもこれを言い出すと切りがなくなる。他国の国民として生まれた場合も、同様に選択の余地がなかったわけだし。結局、どこで線引きするか、という問題になるでしょう。 255~256

自分の意志でコントロールすることは、マインドコントロール=洗脳ではないというのです。本人の意志や利益に沿っているかが洗脳と教育を分けるポイントでしょう。しかし、極端なことを言えばこれらもマインドコントロール=洗脳だと言える可能性も否定はしていません。建前上はとか言っていますし。

また、セミナーや宗教の危険度を測る上では、本人の意志を尊重しているか、情報がどの程度公開されているかなどを上げています。

苫米地英人自身は?

終盤、インタビューは苫米地さん自身の話題になります。

『まともな学者はマインドコントロールを悪用したりしない』という苫米地さんに対して、岩上氏は学者がまともである証明をどうやってするのか?と問い詰めます。

たしかに、官僚や医者などのエリートのモラルが総崩れの時代に、科学者なら大丈夫mなんて言うのは根拠薄弱ですね。それに、『まともな科学者なら大丈夫だが、苫米地はまともではない』という人もいるかもしれないし、弱りましたね(笑)

私自身に関して言えば、人に脱洗脳を施す場合、自分自身に三つのルールを課しています。第一に、事前に変性意識体験とはどのようなものであるのかを、きちんと説明する。第二に、必ず本人の同意を得る。同意が得られないのに、相手に対して勝手に催眠をかけるようなことは決してしない。第三に、これがオカルトでも超能力でもなく、私自身はグルでもなんでもないことをはっきりと伝える。この三つです。

(中略)

私が批判されなくてはならない場合があるとしたら、三条件を満たしていない時ですよ。そういうことを私が仮にやったとしたら、私が批判され、社会的制裁を受けるのは、当然すぎるほど当然のことです。

ただ、わかってもらいたいのは、技術的には、私は言葉しか用いていないんですよ。道具も薬物も用いないし、身体的接触も行っていない。つまり、憲法で保障された発言の自由の範囲内で、洗脳も脱洗脳も技術的に可能であること、ここに真の問題があるのです。 270~271

本人の同意と情報開示、それに言葉のみを使って脱洗脳を行うのが、まともである条件だというのです。

しかし、技術である以上、誰でも訓練することは可能で、それが悪用されることは危惧しています。この辺りも謙虚で倫理観を重視する姿勢がうかがえます。

このやり取りもお互い必死にやっている感じが伝わってきて、読み応えがあります。

 

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