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本当の数学的思考とは!?『すべてを可能にする数学脳のつくり方』

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すべてを可能にする数学脳のつくり方

苫米地さんによる数学の本です。いや、数学的思考に関する本といったほうが正確でしょうか。

私は文系なので、学生時代は数学をあまり勉強しませんでしたし、得意科目ではありません。しかし、大人になってから数学は必要なのかというのは前から疑問に思っていました。

仕事で数学を使う人や研究者の方であれば必要不可欠だと思います。

しかし”それ以外”の人はどうでしょうか。基本的に四則計算以上の数学の知識はいらないと思います。会計など数字を使う仕事でもそうですし、営業でも最低限の数字の把握は必要ですが、それ以上の数学知識は求められないのではないでしょうか。

とはいえ、数学そのものではなくて数学的思考は必要かもしれない・・・そう思い本書を読みました。結論から言うと、私は数学そのものを誤解していたのです。

数学的思考とは

本書の中では数学的思考とは何か、という問いが繰り返し出てきます。

苫米地さんは数学的思考とは、誰も思いついていない解決方法を(できれば一瞬で)解くことだといいます。

しかし、はじめにの冒頭では『数学は問題を解くための道具ではない。その反対に問題を見つけ出すものだ』といっています。一見矛盾しているように見えますがこれはどういうことでしょう?

私見になりますが、”解くための道具”では抽象度が低すぎるということではないでしょうか。数学とは解法だけでなく、問題定義の段階から含まれる=抽象度が高い学問であると。他人の見つけた問題を解くのではなく、自分で問題そのものを見つけるべきだというのです。

そして、具体的な事象を抽象化できるのも数学です。それどころか、物理世界では不可能なことでも表現できるのが数学です。例えば2-4=-2という式。-2とは具体的にどのように表現したらよいでしょうか。通常は不可能だと思います。

もう一つは、一般の人が思い浮かべる数学的思考=論理的思考というのを否定しているということ。

本書では具体例として2015年にノーベル賞を受賞した梶田章東大教授のことが上げられています。梶田氏はニュートリノに質量があることを証明した人物ですが、彼がニュートリノに執拗があることを確信したのは1986年だそうです。ニュートリノの質量を確認したのは、その10年後です。このエピソードを苫米地さんはエレガントでクール、数学的思考で生きるとはコレだと絶賛しています。

逆にプレゼンテーションに説得力を持たせるためにマッキンゼー式論理思考を学ぶのは本末転倒だといいます。つまり、論理的思考においては過程が重視されるが、数学的思考では答えが先にあって証明はあとでも構わないのではないでしょうか。

数学は難しい?

そもそも数学とは何なのでしょうか。苫米地さんは数学は言語であるといいます。

言語であれば解決方法は簡単で、翻訳してもらえばよいということです。フランス語で書かれた文章の意味がわからなければ、日本語に翻訳するのと同じです。どうしても読みたいのであれば、フランス語が読めるように勉強するように、数学を勉強すればよいのですが、翻訳してしてもらったほうが手っ取り早いとは思います。なぜならば、数学が重要なのではなく、数学で書かれたことの意味のほうが重要だからです。

そもそも、数学がわからないというのは、数式がわからないということです。数学特有の表記が理解できていないとも言えます。表記法に関しては現在も拡張しているので、数学者であっても表記の意味がわからないことがあるそうです。

苫米地さんは具体例として『文系にもわかる量子論』を書いています。詳しくは本書を読んでもらうとして、文系の私の感想としては大変わかりやすかったです。

また、日本の学校教育で数学を証明の道具として教える以外のことをしていないのも原因だといいます。私自身も本書を読む前の数学のイメージは、公式を暗記して問題をひたすら解いていくというものでした。

そうではなくて、アメリカのように思考を重視する・・・具体的には図形化、グラフ化、文章化などをおこなったほうが良いと言います。

自由の意味

本書の主な話題からは少しズレますが、苫米地さんが数学的思考の具体例として「自由とは何か」を考察していくのですが、これが興味深かったです。

私たちは自由と聞くと、良いことだと思うことが多いです。自由とは何でしょうか。こう、具体的な何か・・・では言い表せない、少なくとも難しいと思います。もともと日本にあった概念ではないのが原因でしょうか。諸説ありますが、自由という概念は福沢諭吉の著書『西洋事情』によって広まったといいます。

英語でいう「フリーダム」は○○からの自由を意味するそうです。

例えば、Smoke free はタバコを吸う自由・・・ではなくタバコの煙から自由になる、つまり禁煙を表します。Tax freeも税金からの自由、免税を意味します。そのおおもとの意味は労働からの自由だといいます。

そして自由を演繹的に考える例として、日本国憲法が出てきます。日本国憲法第二十七条に『すべての国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ』とあります。この一文からすると日本国民には本当の自由はないようです。

しかし憲法の源流は国王の権限を制限したマグナカルタです。また、日本国憲法第99条には『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ』とあります。憲法は国民ではなく国家を縛るものですが、国民の自由を認めないように憲法で規程しているのでしょうか。

そもそも、自由は良いことなのでしょうか。結論はまだ出てないのですが、本書を読んでそういったことを考えました。

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